2005年11月28日

歴史歴史歴史。

昨夜は早々に寝たのに気が付いたら朝10時…寝過ぎ。というわけで色々と荷物や資料なんかを整理しているうちに大学へ行かねばならない時間に。

3限、一番楽しみにしている授業である現代ロシア論特殊研究?。今日は「ノモンハン事件」。今回も予想以上に興味深い議論がいくつも提起された。従来日本でノモンハン事件が論じられる際には、シベリア出兵などと同様に「日本軍の失敗」として論じられる場合が多かった(もちろん個々の研究を見れば例外はあるのだけど)。基本的には今回の報告もそのような基調であった。しかし、このような見方から何が分かるのだろうか、と先生は言う。ノモンハン事件を考えるためには、まず1939年に日本とソ連という2つの帝国主義国家が満州とモンゴルの国境で戦争をした、という事実を見据える必要があるのだ。この2つの国家はその後どのような歴史を辿ったのか。

1939年9月  独ソ不可侵条約締結の影響もあり日本がノモンハンから撤退
1941年4月  日ソ中立条約締結
1941年6月  独ソ戦開始
1941年12月 日米戦開始
1945年8月  日ソ戦開始

大まかに見ればこんな感じ。1939年と41年と45年、この3つの年に日本とソ連は交錯する。この交錯は2つの国を見るだけでは理解できない。アメリカ、中国、ドイツ、イギリス、といった国々が当時どのような行動をしていたのかも見る必要がある。

と、ここまでが大まかなイントロ。これは基本的な前提としてより細かい話しが授業では色々と行われた。厳しすぎる授業、でもかなり面白い。

以上のような議論を踏まえれば、やはりこのノモンハン事件は1939年の様々な国際的な事件を抑えた国際関係史の中に位置付けなければならないだろう。と、思い立って12月の最後の授業で「1939年の国際関係史」をやることになりました。あくまで東アジアの分析をやるつもりだけど、ヨーロッパで進んだ裏番組も当然考える必要がある。去年の三田祭論文(要旨はここ参照)で天津事変を扱ったので、それも利用しながらやることにしよう。

この授業ではほんとに歴史を学ぶ上で必要な「筋肉」が鍛えられる。知識量はほぼ問われない。常に「今」の問題意識から「過去」を見ることが問われる。実はここで鍛えた「筋肉」は理論を学ぶ時にも使えるんだろうな~。国際政治を勉強している学生に一番お勧めの授業は間違いなくこれだな~。

その後、三田祭期間は休みだった外国語学校に。2週間ぶり&何もその間やっていない、ということで心配だったのだが…逆にリーディングは結構定着しているということを確認出来た。でも、会話はつらいな~。このままだとリーディングをやる月曜のみ優等生ということになってしまいそうです。

at 23:09│Comments(0)日々の戯れ言 

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