2005年10月30日

平均的日曜日。

朝バイト、スタバで勉強、友人と飲み、という平均的日曜日。もっとも、友人のほとんどが「焼津人」というローカルな飲み、というのは平均的ではない。お金を稼ぎ、勉強もして、そして友達とも遊ぶ、という1日は俺にとっては一番いい日常。もっともこれが毎日だとただ遊び回っているのと変わりないんだけど。

日米同盟の「再定義」への中間報告である「日米同盟:未来のための変革と再編」が公表された。この流れの一環として、在日米軍再編問題、もっとミクロには沖縄の普天間基地の移設問題にも1つの結論が出された。東京で暮らしているとなかなか感じられないが、この問題をめぐって沖縄は大きく揺れている。政府間の合意を受け入れる、受け入れないといった問題も含めて今後の展開が注目される。図書館にある沖縄の新聞をちょこちょこチェックしているだけでそう強く感じる。引き続きこの問題は追いかけていこう。ちなみに「在沖縄海兵隊7000人削減」が大々的に報じられているが、これは沖縄に対する配慮というよりは、米軍全体のトランスフォーメーションの一環である。

そんな今日読んでいたのが↓

細谷千博『日本外交の座標』(中央公論社)
外交史の大家、細谷千博の日本外交をテーマにした論文集。出版は1979年。第?部は、外交官をテーマにした7本(牧野伸顕、吉田茂、松岡洋右、近衛文麿、クレーギー、ジョージ・サンソム、ケナン)の論文が収録。第?部は、中国を焦点に流動化した70年代の東アジアの国際情勢と日本外交の選択の問題を扱った時論2本とマンスフィールド駐日大使との対談を収録。率直に言って非常に充実した論文集、読み物としても面白い。牧野伸顕、吉田茂、松岡洋右、近衛文麿をそれぞれ取り上げた論文は、比較して読むことによって1930年代の日本外交の様々な見方や可能性が明らかになる。さらに、日本内部からの視点だけではなく、ロバート・クレーギーとジョージ・サンソムいう2人のイギリス人外交官を取り上げることによって、外国から見た1930年代から40年代にかけての日本の姿が見えてくる。またクレーギーとサンソムの2人が、日本に対してそれぞれ異なった見方をしていた、というのも重要である。具体的な内容をここで紹介していないので、いまいちピンとこないかもしれないが、第?部を通読すれば「日本外交の座標」が見えてくるだろう。第?部最後のケナンについての論文は前の6本とはやや異る「歴史家としてのジョージ・ケナン」に注目し、ケナンの歴史観を彼の「歴史叙述の経験」(“The Experience of Writing History”)、「文学としての歴史」(“History as Literature”)などの論考を中心に論じている。これは日本外交ではなく、むしろ「歴史(学)とは何か?」という問題意識につながるもの。第?部の2つの論文は、同時代的な論文であるが、本書の出版から25年以上を経た今では1つの「史料」である。筆者は論文の中で、米中接近をもって「ひとつの時代は終った」と宣言している。これは当時有力であった1つの同時代認識なのだろう。その後の「新冷戦」を知っている我々からすると若干表現に気になる点はあるが、重要なのは論文の中で展開されている論理である。流動化した国際情勢、そして国力が高まる日本がどのような選択肢・構想を持ってこの時代に望むべきかを筆者は論じている。これも具体的な内容を紹介していないのでピンとこないかもしれないが、1970年代の日本の可能性を論じているという意味で、戦後日本外交の構図を考える上で非常に重要な論文である。以上のように、本書には様々な意味で重要かつ興味深い論考が収録されている。非常に平易な文章で書かれており、外交官研究の入門書としても優れている。また日本外交研究をする上では必読文献と言えるだろう。

at 23:57│Comments(0)本の話 

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