2005年09月29日

ふむふむ。

こっちの頭はあまり夏休みから抜けていなくても授業はどんどん始まる。授業の合間に中庭に行くと、人人人、こっちの頭がおかしくなりそう。ま、その人の中には仲のいい友人たちもいるわけで、そう考えれば大学が始まって人が増えることは悪いことばかりではない。

木曜は特殊研究が2つある。それぞれ、かなり楽しみな授業だ。

2限、西洋外交史特殊研究?。西洋外交史の特殊研究に出るのはもうこれで4回目だ。この特殊研究は課題の本を決めてそれをひたすら輪読していく、という方式なのでいたって分かりやすい。過去3回は、H.キッシンジャー『外交』(日本経済新聞社)、アラン・ブロック『ヒトラーとスターリン』(草思社)、I.クラーク『イギリス現代史』(名古屋大学出版会)、木畑洋一・佐々木雄太・編『イギリス外交史』(有斐閣アルマ)、君塚直隆『女王陛下のブルーリボン』(NTT出版)などを扱った。今回は、H.ニコルソン『外交』(東京大学出版会)、細谷雄一『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、細谷雄一『外交による平和』(有斐閣)などを扱う予定。前半は結構休講が多くて、本格的に読み始めるのはほぼ1ヶ月後から。

4限、日本外交史特殊研究?。大学院でお世話になる先生の授業。前期の東アジアの国際関係特殊研究?は個人の研究発表だったのだが、今回は研究書を中心に戦後日本外交に関する文献の輪読&書評論文の作成となった。扱う本は、添谷芳秀『日本の「ミドルパワー」外交』(ちくま新書)、坂元一哉『日米同盟の絆』(有斐閣)、波多野澄雄・編『池田・佐藤政権期の日本外交』(ミネルヴァ書房)、宮城大蔵『戦後アジア秩序と日本外交』(創文社)、渡邉昭夫・編『アジア太平洋連帯構想』(NTT出版)。一応、上記の本は全て読んでいるので、少しは気が楽なのだが…来週の発表(先生の著書の『日本の「ミドルパワー」外交』)を引き受けてしまったので1週間はこれにかかりきりになりそうだ。まずは熟読→通説との比較→他の説との比較→自分の意見、というプロセスで1週間を過ごそう。今、日本外交の通史をひたすら読んでいる最中なので、ちょうどいいと言えばちょうどいいとも言えるんだけど…。

4限の授業では、先生がガイダンスとしてひたすら1時間半話していたのだけど、興味深い話が非常に多かった。その大半は著書に関する事で著作権に引っかかりそうなのでここでは書けないのだが、1つ戦後日本外交研究に関する重要な指摘をしていたので紹介したい。それは、「実現しなかったこと」をいかに評価するか、ということ。実は戦後日本においては、実現しなかったが外務省がかなり努力を重ねた重要な構想や外交がいくつもあった。その大半はアジアへの関わりという形であらわれた。例えば、終戦直後の外交構想は冷戦の開始以前ということもあり、アジアへの意識がかなり強く表明されていた(これらについては井上寿一の一連の研究に詳しい)。また1960年代半ばには、マレーシア紛争を巡って日本は和平工作を行おうとしている(これは上記の宮城大蔵の本が詳しい)。現在の日本外交史研究の最先端の1つにはこれら「実現しなかった」日本外交の研究がある(このような研究動向についてはは昨日の記事で取り上げた井上寿一『日本外交史講義』の戦後部分を参照)。しかし、である。「実現しなかった」ことを評価することは難しい。「実現しなかったこと」にはそれなりの理由があるわけだし、「実現したこと」と比べた場合どちらに重きを置いて評価する方がより「中立的」であるかは明らかである。

これは大変重要な指摘だろう。実は俺自身の大学院での研究テーマについて示唆することも大きいのではないか。なぜ、福田や大平に注目するのか、ということの手がかりがここには隠されているような気がする。

at 22:15│Comments(0)日々の戯れ言 

コメントする

名前
URL
 
  絵文字